第五回研究会 記録誌


 
ホスピタルマネジメント研究会第5回勉強会記録誌 1997年12月6日

〔講演・〕
『医療構造改革構築をめぐって』
慶應義塾大学教授(大学院経営管理研究科) 田中 滋氏

〔講演・〕
『市立病院の奇跡(軌跡)・・ワーストからベストへ・・』
坂出市立病院病院長 塩谷泰一氏
 
 

〔講演・〕
『市立病院の奇跡(軌跡)・・ワーストからベストへ・・』
坂出市立病院病院長 塩谷泰一氏

 香川県坂出市にある坂出市立病院病院長の塩谷泰一氏は、平成3年9月の就任時、13年間連続赤字、累積赤字25億円というさんたんたる経営状態のこの自治体病院を、いかに建て直し、しかも平成8年度には1億 9,200万円の黒字に転じた“奇跡”といえる病院経営の軌跡について、実践報告を行った。
  塩谷氏が“逆転劇”をなし遂げ得たのは、病院全体の日常性への埋没からの脱却、つまり「変わらなきゃ」の精神的改革と、全員参加による病院運営の2本柱によるものである。この第1の目標を達成した塩谷氏は、第2の目標である県都・高松市の医療施設に流れる「命にかかわる病気を持つ患者」の治療を地元でなすべく、「ストップ・ザ・高松」をキャッチフレーズにさらに努力しているという。

就任当時の現状

 瀬戸大橋で有名な坂出市の人口は約6万、隣町を含め診療圏は10万人。常勤医師は塩谷病院長を含め22名、常勤看護婦86名、パートなど全体で 222名の規模。
  塩谷氏が香川医大から平成3年9月に就任してみると、同病院の医業収支は13年間連続赤字、累積赤字は積もり積もって25億円。それは単に病院だけではなく、坂出市全体の問題になっていた。赤字ゆえに設備投資や人的投資はできず、従って医療レベルは低下、経営悪化は間接的に市民生活に影響を及ぼしていた。
 病院職員の意識は著しく低下しており、着任1カ月後に実施した「私たちの病院についてどう思いますか」という全職員を対象とした意識調査の回答をみて、塩谷氏はガク然としたという。
 「経営低迷」を招いた自分たちの職場の反省や改善につながる積極的意見を期待していたところ、例えば、一般事務職は管理職や事務長が悪い、事務長は市が悪い、医療職員の看護婦などコ・メディカルは医師が悪い、医師は院長が、院長は市長が悪いというふうに責任転嫁と人の悪口ばかりがA3の用紙に連綿と綴ってあり、謙虚な反省と改善に対する積極的意見は皆無であった。
 わけても同氏を憤激させたのは、ある看護婦の「坂出市立病院に入院すると殺されるという噂がある」という意見。税金で賄われている公立病院の看護婦が、自分の病院を評して何ということを……と、塩谷氏は病院の終焉の間近なことを感じ得ずにはいられなかった、という。意識調査の問題事項を整理、検討してみると、1番目には「病院はなぜ存在するのか」という市立病院の存在意義を示す理念がない。2番目に目標提示が全くなかったこと。ただ赤字だから頑張れと直情的に訴えているだけで、明確・具体的かつ達成可能な目標提示はなく、当然のこととして病院経営とか業務管理についての意識がない。年度予算は市議会提出のために作るだけで病院内には還元されず、医療職は予算編成に全く関与していなかった。塩谷氏はこの現状をみて“日常性への埋没”を強く印象づけられたという。この言葉は、以前から同氏の頭にこびりついていた、という。
 昭和44〜45年、東大の安田講堂事件に象徴される大学紛争は、塩谷氏の学舎、徳島大学にも及んだ。大学封鎖をいいことにテニスに明け暮れていた。その頃、下宿の隣室の全共闘革マル派の友人がある晩やってきて、「我々は大学の講座制打破など頑張っているが、お前はテニスばかりで“日常性に埋没している”」といわれた。このことは、医師になってから現在まで、同氏の自分に対する戒めの言葉となっていたのであった。
  同氏が就任してそこでみたものは、全職員が正に“日常性”にどっぷりつかっている姿であり、これこそが「病院低迷」の元凶であると確信したという。

経営健全化の切札“日常性の埋没からの脱却”

  そこで同氏は、病院の経営健全化の切札は何か、それは「新たな日常性の構築」、つまり“変わらなきゃ”であると確信したという。
  新たな日常性の構築には、4年前に知り合った医療コンサルタント、(社)病院管理研究協会・専門調査役の谷田一久氏に全面的協力を依頼した。
 職員の意識改革に当たっては、谷田氏の考えを導入した。意識改革は「意識のある人に対してなすことであって、ない人にいってもはじまらない。第1段階で意識の覚醒があり、第2段階でリエンジニアリング、第3段階でパラダイムシフトへと進める」という。当時の病院は心肺停止直前の意識のない集団であった。
 こうして“変わらなきゃ”という意識の覚醒を達成した塩谷氏は、次に変わっていくための目標の設定と、その実現のためのシステムづくりこそが病院長の責務と考えた。
 そして、病院の基本理念を「市民が安心して暮らせて、心の支えになる病院」と定め、この理念を全職員の共通の価値観として、心をひとつにして目標達成のために動きだしたのだった。
 「全職員参加の病院経営」も、共通言語の1つ。病院運営を考えていく部会を8つ作った。いわゆるQC活動で、各部会に全員が参加する。例えば、清掃婦の意見でも理念と整合性があれば病院の方針として採用する。
 また、入院患者のアンケート調査、その結果を職員や患者さんに還元する「患者サービス部会」etc.がある。

平成10年度には累積赤字ゼロ!?

  病院全体の目標は毎年1月に決められ、それとの整合性を持つ目標を各科・各部署毎に決め、それらの発表会が行われるという。平成9年度は地域医療支援病院、脳外科開設、電子カルテ準備などが挙げられた。年度末には年次実績報告会がある。年度の業務の概要、実績、それに対する問題点、課題、達成度と評価、課題への取り組みなどが各部署から報告される。
 これらの会は、お互いの業務の内容や考え方の理解につながり、病院運営の平滑さをもたらし、“医療と経営の一体化”という新たな共通言語を生み出した。
 こうして病院経営の健全化が進み、平成7年度1億円、同8年度1億 9,200万円の黒字を計上、平成10年度には累積赤字“ゼロ”の気配をみせている。
  現在、同氏は「ストップ・ザ・高松」の実現に向け、包括的医療に取り組んでいる。そして、10年後あるいは50年後の社会にも対応でき、市民と職員が共に喜べる坂出市立病院ならではの医療システムを作ることを大きな願いとしているという。

※お断り
  慶應義塾大学教授  田中  滋氏の講演『医療構造改革構築をめぐって』は、オフレコのため掲載いたしません。

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